「暮らしていく中で余白を表現した設計を大切にしています。住み心地、暮らしやすさ、機能性など、住宅を表現するコトバはいろいろあって、それらの家の背景にはどこか余白があります。住環境においても、立地環境においても」
玉田さんは建築士としてのスキルを積み重ねていく、そのプロセスに芯がある。幼い頃、押入れの中で遊んだり、家やまち並みに興味関心があったり、玉田さんの原体験は〝家への思い〟である。大学卒業後、新潟の警備会社に就職したが、色あせない原体験への想いが日に日に増して、生涯の仕事として建築の道へ歩む決意をした。当然ながら、友人知人、両親から反対を受けた。
「自分では決めていたんです。独立、起業したいと。まぁ、今まで勉強してきたこととか学歴とか、『建築?』と、みんなから言われましたし、もちろん畑違いでしたので…。ましてや建築士の資格レベルの高さもさることながら、専門知識ゼロでしたから。周囲から逆に心配されました。『大丈夫?』って(笑)」
建築の専門学校に入学し、建築業界の基礎から応用まで学んだ。地元新潟の建築設計事務所ではなく、最先端の建築設計を体感するため渋谷にある『タカトタマガミデザイン https://takatotamagami.net/』に飛び込んだ。マンションリノベーションや各種プロジェクトにかかわることで東京の今を肌で感じ、建築へ向かう考え方に触れた。建築物の美しさだけでなく、まちの歴史に溶け込みつつもシンボリックであることを両立させる難しさと向き合いながら、今度は公共施設の設計とはどんなものかと思いはじめ、目黒にある『ユニップデザイン https://www.unip.jp/』へ。保育園や公共施設を通して、施設系の木造設計について理解しながら住宅とは異なる視点でのデザイン思考を学んだ。そして、地元へ戻ってくる。施主とのやりとりから建築設計、現場監督、職人とのやりとりまで、一通りの動きを把握できる星野建築事務所に入社した。
「独立して自分の建築設計事務所を立ち上げることに集中していました。ですので目的は明確。それぞれの勤務先(修業先でもある)は意味ある仕事で濃厚な時間を過ごせましたし、人生設計を具体化していましたので、とても計画的でした」
施主と業界の関係性に見える課題意識
「建築業界はご存知の通り分業です。接客する営業、設計する人、現場監督、何十もの工程における職人、それぞれがそれぞれの仕事にベストを尽くしています。ですが、仕事に集中するあまり意思疎通が取られていない、つまり、意識のズレや甘い部分が出てしまう。重要なのは家ができるまでの期間、作業工程に透明性があって進捗状況や確認事項が当たり前以上にできていること。もちろん、施主様に細かく確認してもらっていて現場状況がきちんと報連相されているは欠かせません」
普通のことであるけれど、業界特有のクセがある。それは建築業界だけでなく、あらゆる業界における独特のルールでもある。施主でありお客様でありクライアントによって、その業界の専門的見解はわかりにくいものであるし、だからプロフェッショナルに依頼するわけである。依頼した後は、意思疎通がとても大切で、そうしたコミュニケーションの積み重ねが信頼へとつながっていく。建築であったら、セールス関係の営業、図面を描く設計士、現場を管理する監督などなど、である。プロたちと施主が話すこともあるし、プロ同士で話したり…しかし、意思疎通が分断されることも少なくないという。
「建築スケジュールを見ると実にさまざまなプロが綿密な工程で動いています。完成へ向けてバトンが渡されていく中で、ただ作ればいいというワケではなく、描いた構想ができているかどうか確認しなければなりません。設計する側、監督する側が意識を持って細かく見る。そして施主様と常にコミュニケーションを取る。当たり前のことができていないことってよくあります」
また、住宅や施設は実際に暮らしはじめてからでないとわからないこともある。木は湿度や温度によって収縮するし、暮らし方における動線や生活サイクルによって調整したいこともある。壁紙のつなぎ目が開いてきた!なんて体験をしたことはないだろうか。
「暮らさないと分からないことがほとんどです。だからこそ、作るプロセスにおいて意思疎通や職人たちの報連相が重要なんです」
デジタライゼーションにおける模型づくり
住宅でも公共施設でも、建築事務所にあるミニチュアサイズの白い模型を見たことはないだろうか。建物の外と中が精巧に作られていて、完成した姿をいろいろな角度で見られて、施主やクライアント目線では感無量!である。イメージをつかめる一方でリクエストや確認したいことも出てくる。模型を作るのに手間はかかるけど、こうしたやりとりは有意義であり、暮らした後の光景が頭の中に広がっていく。
「建築業界もデジタルに置き換えられていることがたくさんあります。この模型もデジタルの波によって少なくなってきました。3Dで確認もできることはできます。一方で大切な部分が失われていく気がしていますし、模型の良さは当然あります。私が表現したい建築設計は時代が進化しても継承されている技術やプロセスをもって真摯に建築と向き合うことです」
なんでも効率化すればいいかというと、思考に関わることや多角的にデザインを考えることが必要な側面位おいて、デジタル化が非効率となることもある。だが、業界は今、いい意味での人材不足である。職人だけでなく全体的に。資材や設備も納期未定といったこともある。こればかりは一人の力ではどうにもならない。
「関わる人たちの歩調を合わせていくことが問われてきます。できることは先にやってしまうこともいいのですが、全体的に見ながら本当に今のタイミングでいいか見極めることが重要です」
呼吸を合わせていくことの大切さ
ランドマークまでとはいかないけれど、それぞれのまちに特徴的な家がある。ユニークなものであったり、色合いであったり。そういう建築物は、長い目で見るとまちの顔となる。しかし、俯瞰して見た場合にバランスが取れているかというと、NOである。町名から歴史を遡るといろいろなバックボーンがあるわけで、代々受け継がれている心がある。
「目指しているのはまちに馴染んで、まちの人たちに育てられ、まちと共に歩む家づくりです。その家があるから、このまちに暮らしたくなったり、過ごしたくなる。家単体で捉えるのではなく、まち一体としてのポテンシャルを高めていく価値観と言いましょうか。家だけでなく、施設などの建築物も同じ思いです。皆様の望むイメージからまち単位で設計を落とし込んでいく、そんな建築設計事務所を築いていきたいです」
自身の名前を事務所名に決めたのは確固たる決意と責任があるからこそ。
山ノ下商店街に溶け込んだ事務所の中で、
玉田さんは今日も模型作りを楽しんでいる。
玉田裕介さん
新潟市出身、一級建築士。大学卒業後、一般企業に就職。生涯にわたって建築に関わる仕事に従事するため転職。東京、新潟でさまざまな経験を積み、2022年4月に独立・起業。唯一無二の建築・設計・計画・美意識とセンスを刺激する余白のあるデザインを表現している。
玉田裕介建築設計事務所
新潟市東区古川町9-24吉田ビル2F
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