中村さんと出会ったのは2021年4月。この原稿を書いているのはちょうど1年後になる。長く感じつつあっと間に過ぎた1年間で中村さんは感情のアップダウンが激しかった。孤独や不安、達成感を感じながら、様々な困難と向き合い、納得しながら走り抜けた。本当にお客さんは来てくれるのだろうか、今まで会社員だったけど独立したら食べていけるのだろうか…と、不安が重なり、孤独感に襲われ、心が沈んでいくこともあった。しかし、夢は叶った。お店を訪れると、接客なんてしたことなかった中村さんが、心から楽しんでお客さんと話をしていた。

「必死でした。自分を追い詰めて。最近になって、ようやくお酒が飲めるかなって思えてきましたが、まだまだダメ。明日はちゃんとシフォンが焼けるか心配ですし、休みの前夜であっても本当に休んでいいのか考えてしまいますし。とはいっても、毎日がすごく楽しんですよ。自分のお店を持つことってこういうことなんだなーと」

 

緻密な計算をして不安から解き放たれる

冠婚葬祭で知られる大手企業の料理人として15年以上のキャリアがある。一世を風靡した多国籍料のカフェの店長を務めたこともあった。調理の基礎から厨房の衛生管理、新商品やレシピ考案、従業員の勤怠管理、責任者まで、一通りの経験をした。独立をしたきっかけも、タイミングも、中村さんにとっては計画通りだった。

「米粉を使ったシフォンケーキ屋さんで独立したいなーと、家族で話をしていて。物件も狙っているところがあってずっと話をしていてキープできていましたし、この場所でどんなことをして、どういう広がりを見せていくかイメージはできていたんですよ。とは言いつつも、日々どうしよっかなーって迷ったり、不安を感じていました」

中村さんと話をすると、自然体の口調でふんわりとしていながら、考えることが細かく用意周到である。大丈夫かなぁと勝手に心配したが、独立を考えていた当時のメモを見ると、販売計画が細かくシミュレーションされ、単価も数パターンあり、いろいろな掛け合わせをしてリスク対応をしていた。抱えていた不安を解消するには、いろいろな状況下での利益を把握しておくことだったという。

「1日の生産量と販売目標、商品価格と原価率、固定費など、作って売ってどれだけ儲かるのか?という利益構造は描けました。焼き具合によってはロスが出るかもしれない。カットの方法によって1ホールから取れる個数も変わるかもしれない。いろいろな予測をしながら実現可能性の高い計画に詰めていったんですよ。まだお店もやったことないし、どれくらい売れるかなんてわかりませんから、本当にこの数字いいのかな、と何回もシミュレーションしました」

すでに試作も作られていた。焼き具合、風味、食感、大きさ、味のバリエーション、それぞれの視点で試作を重ねた。基礎技術がしっかりしているため調理に関してはさほど問題はない。だが、お客様にウケるかどうかは市場の反応を見ないといけない。

「今までは会社員として、決まったレシピを再現していくことが求められました。厨房から出ることってほとんどありませんので、お客様の声を聞くことってアンケートを通してでしか分からない。今度はダイレクトに伝わってきますし、お客様の好みってどうなのか…。私の作るシフォンがウケるのか。売れないと私の生活が危うくなりますので、それはそれは緊張感ありますよ」

 

盲点だったことは、ズバリ!パソコン操作

職人だからこそ作るのはプロだけど、中村さんが大の苦手とするのがパソコン。エクセル?ワード?何それ?である。先ほどの緻密な計算はすべてノートに手書きであったが…ビジネスシーンとなると何かとデータで持っておいた方が便利であり、取引先や税務関係でデータが求められることも少なくない。「WindowsとMACって、どっちがいいっすかねー?」という具合である。また、エクセルで作業したけどセルが行方不明?カーソルどこ行った!どこに保存されたか分からないんだけど!と連絡をいただいたこともしばしばである。

「こればかりは苦手意識を持っていても進まないので、とにかく使って!使って!慣れる!です」

独立や起業を目指している人にとって、活用できる制度や補助金はできるだけ利用したいもの。しかし、情報のありかを探すだけでも一苦労で、行政に問い合わせて教えてもらったサイトに辿り着けない!という人も少なくないはず。(公的機関のホームページはなぜにそんな複雑な階層なのかと不思議に思う)

そして、「これは活用できそうだぞ」と思った補助金を見ると申請書がこれまた大変である。

「申請書を見た瞬間、この書類は作れるのだろうか…と不安になりました。書類だけでも不安だったのに、動画審査とかあるわけです。ほんと、どうすればいいんだと。苦手意識はありましたが、まずはやってみようと自然と体が動いていました」

 

コンセプトとマーケティングをしっかりと

内野商店街にオープンした『2539kitchen』は、オープンしてから今に至るまで連日完売。閉店時間のちょっと前ではなく、だいぶ前に売り切れている。もちろん日によって客足は変化するが、完売しなかったことはほぼない。ひとりで作っているため生産力は限られているが、決して生産量が少ないというわけでもない。

「生産量を多くすると焼きムラが出たり、シフォンケーキの中に空洞ができたり、商品としての完成度が低くなってしまいます。気持ち的にも焦りが出たり、急いでしまったりしてしまう。量をコントロールして、品質を高めていくようにしています」

なぜ完売するか。理由はわかりやすいコンセプトとマーケティングにある。このシフォンケーキが生まれたきっかけにすべてが込められていて、地域特性もしっかり考えたプライシングとデザインである。

「米粉のシフォンケーキは、アレルギーがあってお菓子の選択肢が少なかった家族のために生まれたものです。同じような思いの人ってたくさんいると思うんです。また、この内野エリアには手土産需要はあっても買うところが少なかった。キレイな言い方になりますが、困った人たちに対してできることを、今までの経験を生かしてベストを尽くしているだけです」

パッケージのデザインもさることながら、ロゴであったり、お店の世界観であったり、淡い水彩タッチのイラストも特長。これらはすべて中村さんの奥様が手掛けているという。

「そ、そうなんです。私がやると何言われるか分かりませんし(笑)いい意味で役割分担しているんです、いい意味で!ほんとですよ」

この自然派シフォンを食べると、

中村さんの自然な雰囲気が浮かんでくる。

初対面でも前にあったような感じの距離感で、

コトバ1つひとつに思いやりが詰まっている。

気ままに、自然体で、のんびりと。

苦労してきて今を楽しんでいる姿、お客さんは見てますよ。

 

中村剛さん

新潟駅前にあった『Immigrant`s Cafe』にて多国籍料理のメニューを次々考案。その後、アークベルグループにてセレモニーホールや結婚式場の調理を担当。店舗責任者、地区責任者として活躍。2021年12月、内野駅前にて米粉シフォンケーキに特化した『2539キッチン』オープン。2539はお子様の名前から。

2539kitchen
新潟市西区内野町552
10時30分〜18時
Instagram

 

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