「料理に合わせたワインを飲みながら、相乗的な余韻をお楽しみいただきたいです。シェフとソムリエの話に耳を傾けてコースを進めていくと、それぞれに対して心底美味しいなぁと感じますよ」
身長185cmはあるだろうか。何頭身なのかと思う頭の小ささ、そして体が引き締まっていて筋肉質。ソムリエの立ち居振る舞いにおける静と動、この基本動作と正確性を求められるためトレーニングも欠かせない。ある日、坂井さんの自転車姿を見たが…サイクリストと変わらぬ速さであった。
ソムリエの衣装に着替えれば、絵にならないはずがない。煌々と輝くJSAソムリエバッヂ、凛々しく整ったヘアスタイル、ワインオープナーを使う仕草は慣れたもので静かに、時には力強く、コルクを回す。一つ一つの動作がスマート、坂井さんにはこんな表現が似合う。
「サーブをして、ワインのことをお伝えして、食材のことも考えながらお話ししていると、改めてソムリエって面白いし楽しいと思います。今はワイン販売をメインに、お声がかかれば出張ソムリエもしています。先日は5人くらいの食事会でサービスしてきました」
ワインの楽しみ方は人それぞれだけど、世界中のワインの中から1本を選ぶことは時間がかかる。なにせ数え切れないほどワインはあるわけで、しかも産地別であったり、品種別であったり、ワイン売り場で迷いがち。その場でネット検索したり、アプリで読み込んでレビューを見たり、プロがその場にいなくても選べる条件(私はジャケ買いしてしまいます)はそろってきた。だけど、プロがいればもっと美味しい1本に辿り着ける。例えば「飲みごたえのある赤!(表現が稚拙で恐縮です)」「ガブガブ飲めるスッキリ味(ほんと、スミマセン)」という具合に飲みたいワインを表現しても、「フランスのボルドー産で、寒暖差が激しかった年の、なんとも言えない奥深いルビー色した…」と言っても、ソムリエは話をしながら着実に飲みたいワインにアプローチしてくれる。また、「焼き鳥のレバー串(塩)と一緒に、ちょっとワインを飲みたいと思いまして」くらいに伝えれると、ソムリエとともにシーンを思い浮かべながら、あーだこーだと、楽しみながら美味しい1本を選んでくれるはずだ。
「そ、そうですね(笑)。ワインをお選びいただくお客様には、まず好みの傾向をお聞きします。赤、白、泡、ロゼ、酸味、コク、強さ、香、余韻など、いろいろなコトバを交わしながら探っていきます。そして、ワインだけで楽しむのか、それともどんな食事と合わせるのかお聞きしてワインリストをご提案します。となると、単にワインの知識だけがあればいいというわけでなく、食に関することからライフスタイルのことまで、ご提案できる引き出しをたくさん備えておく必要があります」
前の話になるが、坂井さんにオススメされた1本がドンピシャすぎて驚いた。
心が折れかけても、前を向いて歩いていきたい
坂井さんの社会人スタートは家電量販店だ。新潟店で実績を積み重ね、川崎店へ異動になったり、梅田の新店立ち上げに関わったり、豊富な経験と実績が評価され売場責任者になった。6年ほど勤めた後、ワインで知られている企業に転職。ワイン事業部に配属となり、ここでも新潟で実績を評価され、二子玉店へ転勤。その後、責任者・店長として新潟に戻ってきた。スタッフ一丸となって売り上げも好調、キャンペーンやイベントなど、新潟店独自のプロモーションも成功した。順風満帆だった。
「これから!というタイミングで崩れてしていきました。次から次へと、思ってもいなかったことが起きる。だけど、生きていくためには1つひとつ向き合わないといけない。自分ではわかっていますが、そう簡単には…」
「なんで、どうして。あぁ、ここぞとばかりに、畳み掛けるように一気にデススパイラルへ。立ち直るとか、前を向くとか、それってなんなんだと。気持ちを切り替えて行こうなんて思っても、そう簡単に切り替わるものでもないし。時の経過とともに記憶は薄れていきますけど、先の話ですし」
詳しく話せないため深堀はしないが、こうした経験は着実に力となっていき、坂井さんの新しい活動に拍車をかける。悲しみも喜びも背負いながら、ただただまっすぐに、前を向いて歩いていく。
ありそうでなかった、ワインラバーのためのワイン屋
アルコール飲料の消費量は全体で見ると減少傾向で若者離れが囁かれているほど。一方、アルコール飲料各種を見ると消費量にも変化があり、ワインは年々増加している。デパ地下にはじまり、セレクトショップ、量販店など、ワイン売り場のプロモーションはどこもオシャレな雰囲気だ。SDGsの動きも相まってオーガーニック意識は引き続き高く、ナチュラルワインは若い人にもウケている。また、輸入ワインだけでなく、国産ワインへの注目度も高く、多くの醸造家がいろいろなメディアにクローズアップ。ワインブーム今、新たなフェーズに入ってきている。
※さまざまなワインブームを省略して表現しています
「クラシック、ナチュラル、国産ワインの3ラインに力を入れ、それぞれバラエティー豊富に扱うワイン屋を目指しています。ソムリエの資格を生かした商品解説とペアリングの提案もしたいですね。今はインターネットでの販売のみですが、この先、やっぱり店舗を持ちたいです。もちろん、イベントもやっていきたいし、飲食店だけでなくホームパーティーなどにも出張ソムリエをしたい。『サザエさん』の三河屋さんのようなサブスクもやりたいです」
経営者として自覚することの意味
坂井さんの職歴を聞いていると責任者=管理職としてスキルは十分。管理会計についても理解しているため財務も完璧だ。また、仕入れと在庫のバランス、在庫回転率、キャッシュフローについても把握しているため、独立してもさほど不安要素はないと思われるが…。
「プロモーションで悩んでいるところです。特にデザイン領域。どうやって見せていくか、こればかりはわかりませんし、クリエイティブと言われると頭が真っ白になることもあります(泣)」
商品であるワインの表現はソムリエの坂井さんにとっては得意中の得意。巧みにコトバを使い、お客様の心を揺さぶる。その表現力は、読んでいるだけでテイスティングしている感覚になるほど。だが…である。ロゴ、リーフレット、デジタル戦略、カスタマージャーニーといったビジネスとクリエイティブのちょうど間のところのノウハウが追いついておらず、悩むことも少なくないという。
「テイスティングしているって(笑)」
坂井さんは仕事に対して真摯に、まっすぐだ。責任感と言ったら相当なもの。それゆえ、集中力が高まりすぎて周りが見えなくなることも…。お店に立っている時は組織の一員だった。しかし、今は経営者になった。苦難の道は、いい意味でまだまだ続きそうだ。
「1つひとつ、スピード感を持って動いていくことのみです。動きながら考えて、お客様に信頼してもらって、ワイン事業をもっともっと伸ばしていきたいです。やりたいことも、どんどん頭に浮かんできますし、今は何から手をつけて行こうかとリストアップしています。いろいろなことが、一気に、しかも突然起きました。だけど今は前を向いて歩いていかないといけない。日々精進です」
坂井さん、人生これから。
振り返るのはまだ先。
みんなを笑顔にできるんですから、坂井さんも笑顔でいてください。
ところで今夜、イケてるワインを飲みたいんですけど、
そんなのありますか?
坂井寛さん
株式会社サンエス代表取締役。家電量販店「ヨドバシカメラ」やワイン事業で知られる「エノテカ」にて、さまざまポジションを経験。2022年1月に法人設立した。主にECサイトでワインを販売しつつ、出張ソムリエなども積極的に行っている。
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